reblogと平和的自然淘汰

自然淘汰、と聞くと、環境に適合できない個体が生命を維持できなくなって死ぬ、というイメージがある。寒さに弱い個体が寒くなった時に死ぬ、とか、ある病気に弱い個体が病気にかかって死ぬ、とか。

素数ゼミはいかにして生存競争に勝利したか

去年、17年周期で一斉に出てくる17年ゼミはなぜ全部の個体が17年に一度出てくるのか、日本のように7年で成虫になるセミが毎年出てこないのはなぜなのかがわからない、という怒りをはてなダイアリーに書きなぐっていたchiaki25さんに素数ゼミの謎という本を紹介していただいた。この本ではなんで17年に一度一斉に出るようになったのかは3行くらいのあいまいな記述でしか説明されていなくてけっきょくわからなかった。けれども、17年に一度一斉に出るようになってから以降の素数ゼミだけが生き残る理由が確率的に説明されている部分で、今まで持っていた自然淘汰に対するイメージが変わった。ちなみに著者の吉村氏は数理生態学研究者です。

17年(または13年)周期の素数ゼミが生き残れた理由は、素数だとほかのセミと食料リソースの競合が起きにくいからだと思っていたら、そうではなくて同じ年に出てきたほかの周期ゼミと交雑してしまうと生まれたセミの周期がずれてしまって、その周期ゼミの個体数が減るのが原因だ、と説明されていた。
12年ゼミは15年ゼミと60年周期で出会って交雑することになる。その年、確率的に12年ゼミの半分は出会った相手のセミが15年ゼミなのでその子孫のセミが12年ではなく13年だったり14年だったり15年周期のセミになってしまう。結果として60年に一度15年ゼミと一緒に出てきて交雑してしまうたびにその個体数を減らしてしまう。
それに対して数学的にほかのセミと一緒に出てくることが稀な17年ゼミは、12年ゼミと交雑することになるまでの194年間は交雑することもなく17年ゼミ同士で子孫を残すためその個体数を保つことができる。一方でその194年の間に、12年ゼミは15年ゼミと3回の交雑を重ねて絶対数を減らしてしまう。194年に一度の年、数を減らした12年ゼミと個体数を保ったままの17年ゼミが一緒に出てくると、12年ゼミが出会う相手のセミは17年ゼミの確率が高いのに対して、多数を占める17年ゼミは12年ゼミと出会う確率は相対的に低い。結果として12年ゼミは17年ゼミと交雑する確率が相対的に高く、さらに個体数を減らすことになる。一方、17年ゼミはその個体数が多いがゆえに17年ゼミ同士で出会う確率が高く、個体数は減りにくい。

こうして年月が過ぎていけば、非素数周期のセミたちは頻繁に交雑を重ねて個体数を減らしていってゆるやかにゼロに近づいていく。素数ゼミも数百年に一度交雑して個体数を減らすこともあっただろうが、どちらが先に個体数だけがものをいう交雑によって絶滅するかといえばほかの周期ゼミとの公倍数が小さい非素数ゼミのほうだ。

素数ゼミが非素数ゼミにはない優れた能力でもってして、限られた食料を巡る暴力的競争で勝利して非素数ゼミを絶滅に追いやったわけではなく、しかし真綿で首を絞めるような優しく残酷な方法で非素数ゼミを絶滅させたのだ。

コピーによる平和的自然淘汰

そして話は現代に。

ほかの投稿をコピーしてそのまま投稿するreBlogの概念はTumblrだけにとどまることなく、今ではFriendFeedのReshare, reblip, Twitter上で生まれた文化としてのRetweet(それを集めているretweet.comもある)と、その後のサービスに概念だけでなくRe-*という名前とともにコピーされていっている。

Tumblrのdashboardにはネガティブなものがあまり流れてこない、と、昔誰かが書いていた(出典見つけられず)。
それはネガティブなもののreblogability(reblogされやすさ、ひとに受容されreblogしてもらえる可能性)がポジティブなものよりも相対的に低い。たとえネガティブなものがどこかのdashboardに混じって、その隣のdashboardにreblogを通じてコピーされたとしても、その何倍ものポジティブなものがコピーされるために、割合的には各ユーザのdashboardという世代を重ねるごとに相対的にその数を減らしていく。結果として誰かが明示的にネガティブなものを削除(暴力的淘汰)をしなくても、平和的に淘汰される(平和的に淘汰されるだけだから全然流れてこないわけじゃない)。

reblogのようになにかがコピーされて伝搬される現象は、新しいものではなく昔からある。マスメディアもブログも、どこかの企業が出したプレスリリースをコピーしたり書き換えたりして文章を作る。それを読んだ人たちがブログに書く。それを読んだ人がまた書いたりする。そうして人を介して広まるものがあることは昔からよく知られている。ただ、それらの伝統的プラットホームは、伝搬するときの時間コストが現代的Re-*プラットホームに比べて高いために平和的自然淘汰が進む前に人々の関心が次に移っていってしまった。現代的Re-*プラットホームでは伝統的プラットホームで10分かけてひとつの話を書く間に、その20倍くらいの話を伝搬させることができる。そのぶん短い時間で世代を重ねることができて、ネガティブなものはポジティブなものに比べてコピーされにくい、というわずかな差を体感できるようになったのだ。


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