ゼロオーバーヘッド・ブロギングの時代

tumblrのファウンダーであるDavidのインタビュー Read/WriteTalk » Blog Archive » David Karp – CEO, Tumblr や、投資しているVC(25%くらい)のTumblrについての説明 Tumblr | Union Square Ventures の中や、lifehacker.comでの紹介 Geek to Live: Instant, no-overhead blog with Tumblrのタイトルで、no-overheadというキーワードが出てくる。いままでのブログに比べて、書くときに必要な付随する作業が少なくてブログを書くのにかかる時間が短くなる、という意味。

はっきりと文字で目にしたのはこのときだけれど、振り返ればWakoopaのときからこのno-overheadの流れがあった。

時間がないのでスケールしない

インターネットでどんなサービスを使うにしても、時間をかけないではできない。だからユーザが新しいサービスを使いはじめるには、今まで使っていた何かを止めないといけないし(自分はtumblrのdashboardをみはじめてdiggを見るのを止めた)、今使っているサービスを、新しいサービスを使うために使わなくなったりする(twitterをつかいはじめてmixiをやめた、とか)。
時間は有限なのだ。

アバウトミーにいくつか自分のフィードを登録してひとつにしてみたとき、自分がインターネットにかけている時間だと、一日にせいぜい20~30くらいのアクティビティしか生成できないことにきがついた。ブログは1日に書けても1~2, ブックマークで5~10, twiterで10~20くらい。逆に言えばソーシャルなCGMサービスは、一人のユーザが一日にこれくらいしか生成できないデータを、自分のところにどれくらい集められるのか、を巡って争っていることになる。たいへんそうだ。

でも、そこにLast.fmの再生した曲リストを入れると、一日のアクティビティは軽く100を越えるのだった。Last.fmの再生した曲リストはiScrobber経由で自動的に送られる。だから一度インストールしたらもう後は時間がかからない。新しく使い始めてもらうのに、今まで使っているサービスのどれかを止めて、その浮いた時間をあててもらう必要もない。

Wakoopaもそうだ。
いちどネイティブのアプリケーションを入れてしまえば、あとはキカイが自動で使ってるソフトウェアのログを取ってサーバにアップロードし続ける。ユーザの習慣の一部を変えてもらって(習慣を変えるのは大変なことだ。だからみんなテレビを見続けているし、メルマガを読み続けてるし、いまどきブログなんか書いてるし、朝早く起きれないでいる)、習慣的に使ってもらうだけの時間を作ってもらう必要はなく、一度だけ気まぐれでアプリケーションをいれてもらうだけでいい。

Wakoopaはともかく、この、ユーザの行動を自動で収集してコンテンツにするアプローチは、使ってもらうのに時間がかからないので(本当にゼロだ)、ユーザに習慣を変えてもらうような絶望的な努力を要求しないし、なによりスケールする。twitterはじめたからmixi使わなくなった、はあっても、Wakoopaをはじめるのになにかを止める必要はない。そしてtwitterをはじめたからといってWakoopaを使うのを止める必要もない。ユーザの行動を自動で収集してコンテンツにするアプローチのものは、ユーザにとって最も貴重で、(先進国においては)最も高価なリソースである時間を巡って競合することなく、いくつでも使うことができる。マシンのリソースが許す限り。

i-modeのあとに残されたもの

キカイでデータを集めるとして、じゃあ何がおもしろいかな、と思って、クリップボードのデータをモニタしてアップロードするやつとか(ControlCがほんとにまじめにやってるのを知ったときにはアホかと思った)、ライフスライスのように定期的にスクリーンショットをとってアップロードするやつとかをぼんやり考えてた。

去年のおわりにちょっとはやったMyMiniCityも、ニンゲンははじめにアカウントをつくってどこかに設置した後はキカイが全部やってくれる。MyMiniCityこそがUGCの最終形態 – webdogと書かれ、その中に

UGCサイトで大切なのはとにかく、ユーザーに手間をかけさせないこと。

という文章を発見したときにこのno-overheadはなにかのキーなのだと再認識した。

昔(2001年くらい)T氏が、彼の先生がi-modeの成功は普段の生活の中にある細切れのわずかな時間を積み上げることを可能にしたことだというようなことを言っていた、と言っていたことを思い出す。i-modeはユーザの今まで何にもならないまま残されていた分単位の時間に入り込んだ。いまでは空いている1分に満たない時間ですら、ケータイでともだちにメールしてみたり、R25のニュースを読むことに費やされる。だからもうユーザには1分単位の時間ですら残っていない。

でも、必要な時間がゼロ、という世界には、文字通り無限の可能性が残されている。

補足 2008.3.11

思ってたより多くの人に読んでもらえたみたいでうれしいです。
mal_blue@tumblrで、キカイが自動でデータを作る(zero-overhead)のと、ニンゲンがデータを作るのを楽にする(less-overhead)は分けて考えるとより考えが深まる、と指摘をいただいき、自分でも書きながらもやもやしていた部分について考えるきっかけになったのでご紹介しておきます。

See Also

盛り込みたかったけどうまく入れられなかったもの。

Memory Plus 生ログ – 気紛 – きまぐれ -
キカイで自動的になにかをするのは、必然的にログをとることにも通じている。ほとんど偏執的ロガーのように思える研究者たちの話。
I am gathering you
スクリーンショットライフスライス。

About this entry