次にお前は「ありがちな企画だ」という

第5部の発言は特にネタ性が高い…と個人的には思う。
イタリアだからか、ギャングだからか、荒木先生が最高にハイってやつだったからか。


2度 同じ事を言わせないでくださいよ………
1度でいい事を2度 言わなけりゃあいけないってのは……
そいつが頭が悪いって事だからです

【出典】
 47巻「黄金体験 そのA」にて。「ショバ代の金はない」と断ってもなおカツアゲしようとした、物分りの悪い涙目のルカ。その彼に向けたジョルノの痛烈な嫌味。

【寸評】
 あくまでも口調は丁寧だが、要するに「一度で理解できないお前は頭が悪い」と言い切っているのがスゴイ。心底うんざりした表情もスゴイ。「なんだと?」とか「もう一度言ってみろ!」などと言われたら表情込みで使ってみたい。殴られても知りません。


あなた…『覚悟して来てる人』…………ですよね

【出典】
 48巻「ブチャラティが来る そのC」にて。自分を「始末」しにやって来たブチャラティに対し、「逆に『始末』される覚悟はあるか」とジョルノが確認した台詞。

【寸評】
 ジョルノの丁寧な物腰もあって理路整然としているように見えるが、実際のところデタラメに飛躍している。集金や勧誘などの嫌な来客に使えそう。「やるといったらやる」『スゴ味』を込めて。「ウソは言ってない皮膚と汗」を保つために、スキンケアも欠かさずに。


スマン ありゃウソだった

【出典】
 48巻「ブチャラティが来る そのC」にて。ブチャラティとの戦いに「一般人を巻き込まない」と言ったそばから、思いっきり一般人の少年を巻き込んでしまったジョルノの謝罪。

【寸評】
 さすがはジョナサン直系(肉体のみ)の爽やかジョジョであるジョルノ、ここまで爽やかに嘘をつける人間もそうそういない。そして反省の色もゼロ。おまけに「こらえてくれ」だけで済まそうとする大物ぶりは、この時点ですでに第6部のラストシーンを暗示しているかのようだ。


このチンピラがオレをナメてんのかッ!
何回教えりゃあ理解できんだコラァ!
ろくご30ってやっておきながら なんで30より減るんだ
この…ド低能がァ――――ッ

【出典】
 49巻「5プラス1」にて。2桁の掛け算が満足にできないナランチャ君に対し、フーゴ大先生が弾けて言い放った台詞。

【寸評】
 IQの高さと堪忍袋の緒の長さは比例しないという好例。子供が傷付くワードのオンパレードだが、教育の場を(ある意味)革新する可能性を秘めている。教師を志す人は是非マスターしておきたい。フォーク攻撃、髪掴み等のアクションを取り入れれば最高。


そんなシャバイオドシにビクついてギャングが
やってられるかどうかは てめー自身がよく知ってるはずだ

【出典】
 49巻「ムーディー・ブルースの逆襲 そのA」にて。「情報を話さねば仲間を殺す」というズッケェロの人質作戦に対し、まったく動じなかったブチャラティの台詞。

【寸評】
 「ブチャラティのギャング講座」その@。「シャバい(娑婆い=ヌルい?)」なんて形容詞、生まれて初めて知りました。職場の上司に「クビにされたいのか?」などと叱られたときなどは、「ギャング」を自分の職業に置き換えるだけで応用も簡単。即クビだろうが。


「つっつく」「つっつかねー」はおめーらの間での問題だ…

【出典】
 50巻「ナランチャのエアロスミス その@」にて。漫才にも等しいナランチャとフーゴのケンカ。ついにナランチャがアバッキオに仲裁を頼むが、返ってきたのはこんな台詞。

【寸評】
 第5部には、たまに「こいつら本当に仲間か?」と疑いたくなる描写(ミスタのラジカセ破壊事件など)が見られ、これもその一つ。実際にこんな仲裁をしていたら友達を無くすだろう。クールガイ・アバッキオらしい冷めた一言だが、もはやギャグにしか聞こえない。


「ブッ殺してやる」ってセリフは…終わってから言うもんだぜ
オレたち「ギャングの世界」ではな

【出典】
 53巻「偉大なる死 そのK」にて。勝利を確信したペッシが「ブッ殺してやる」と叫んだ隙を突いてブチャラティが反撃。ペッシの首をへし折りつつ冥土の土産に垂れた講釈。

【寸評】
 「ブチャラティのギャング講座」そのA。これ以前に、プロシュート兄貴にも同じ内容の事を諭されていたのが心憎い演出になっている。言っている意味は要するに「不言実行」なのだが、妙にかっこいい。ぜひとも応用したいところ。


どういう事だ! どういう事だよッ! クソッ!
葉掘りってどういう事だッ! ナメやがってクソッ! クソッ!

【出典】
 54巻「ヴェネツィアに向かえ!」にて。車上で一人、「根掘り葉掘り」という慣用句の理不尽さに怒りをぶつけるギアッチョの魂の叫び。

【寸評】
 どう考えても日本語にしかないこの慣用句をイタリア人のギアッチョが知っているとは、なんと博識な男なのだろう。理不尽さを感じたら迷わず使いたい。やり場のない憤りを上手く表現するには、手当たり次第に周囲のものを殴ると効果的。


こいつは敵ではないようだ…
なんだおい…ただの罪のない一般人だぜこりゃ

【出典】
 56巻「ガッツの「G」」にて。ナランチャにからんだチンピラを皆で「敵かッ!」と好きなだけ蹴り飛ばしておいて、アバッキオがようやく止めたと思ったらこれ。

【寸評】
 凶悪な面構えのチンピラを「ただの罪のない一般人」と表現するセンスが光る。一見して良識溢れる一言だが、最大の問題はアバッキオ自身も蹴りを入れていたということだ。アンタ絶対分かってただろ。食べ終わってから「まずい」と言うのに似ている。


見なくてもいいものを見たものは!!
この世に存在してはならねーんだぜッ!

【出典】
 58巻「ぼくの名はドッピオ その@」にて。偶然にも自分の秘密に近づきそうになったタクシー運転手に対し、ディアボロがドッピオの口を通して言った台詞。

【寸評】
 ドッピオはこれを「見なくてもいいものを見た目玉」に指を突っ込みつつ言うのだが、完璧に殺す勢いなので実際は「見なくてもいいものを見たお前は死ね」と同義。これまたスゴイ論理の飛躍。というか既に論理がワープして追跡不能。


良お〜〜〜〜しよしよしよしよし(中略)よしよしよしよし
たいしたヤツだセッコおまえは

【出典】
 60巻「『グリーン・ディ』と『オアシス』 その@」にて。角砂糖3つを口でキャッチできたイヤしんぼのセッコを、チョコラータが誉めてやっている台詞。

【寸評】
 最後の「セッコおまえは」の倒置法が絶妙。直後の「そして行けッ!」への接続が微妙。この他、「甘いの3個欲しいのか? 3個…イヤしんぼめ!!」「キィイイイイイイコエエエエエエ」等、チョコラータ先生のお言葉には独創的なものが多い。


知ってんだよオオォォッ!
国語の教師か(中略)オメーはよォォォォ

【出典】
 60巻「『グリーン・ディ』と『オアシス』 そのE」にて。どうしても「味な事」という言葉が思い出せず、それをブチャラティに指摘されて怒ったセッコの台詞。

【寸評】
 「鯔な事」でも「鯖な事」でもなく「味な事」。既に日本語とかイタリア語とかいう次元でなく、突っ込みどころ満載なのだが…もう、どうでもいいですか? 教えてもらっておいて逆切れするという、現代の若者に多く見られる傾向が読み取れそうで全然違う気がする。


つまり結論ッ!
人間は肉食ってるからまずいんだ

【出典】
 63巻「エピローグ −眠れる奴隷−」にて。「人間の肉はうまいのか、まずいのか」という自らの疑問に対し、「草食動物はうまいが肉食動物はまずい」という事実からミスタが導き出した結論。

【寸評】
 「けっこう説得力あるな」とアバッキオも納得、実に目から鱗が落ちるような学説と言える。事実、社会レベルのカニバリズムは飢餓か飽食の環境でしか起きないのだから、彼の言うように人間は決してうまくはないのだろう。ある意味、ここがミスタ最大の晴れ舞台だったのかも。



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